こんにちは、キッチンのりちゃんです。委託給食会社で調理と事務をやって16年になります。
高齢者施設の給食で、いちばん安定して喜ばれるメニューは何だと思いますか? 唐揚げでもカレーでもなく、私の実感では煮物です。肉じゃが、筑前煮、かぼちゃの煮物、大根と鶏の煮物。下膳のときのお皿がいちばんきれいなのは、たいてい煮物の日です。
ところがこの煮物、大量調理ではいちばん奥が深いメニューでもあります。今回は、100食規模で煮物を作るときのコツを、大量調理シリーズの第4弾として書いていきます。
大量の煮物はなぜ難しいのか
家庭の鍋と給食の回転釜(大きな傾く釜)では、同じ煮物でも別の料理くらい勝手が違います。
- かき混ぜられない……100食分のじゃがいもをぐるぐる混ぜたら、あっという間に煮崩れて「肉じゃがペースト」になります。混ぜたいのを我慢するのが大量調理の煮物です
- 釜の場所で火の通りが違う……大きな釜は底と上、中心と端で温度が違います。何も考えずに炊くと、底は煮崩れて上は硬いままという悲劇が起きます
- 水分の逃げ方が違う……量が多いと蒸発のしかたも変わるので、家庭のレシピの水加減をそのまま掛け算しても合いません。煮汁は思ったより残ります
回転釜などの機械の話は調理器具図鑑で紹介していますが、煮物はこの釜の癖との付き合い方がいちばん出るメニューだと思います。
味は「冷めるとき」にしみる
煮物の一番大事な理屈がこれです。味は煮ている間ではなく、冷めていくときに素材へしみ込みます。
だから、提供直前までグラグラ煮て「味よ、しみろ!」と祈っても入りません。逆算して早めに炊き上げ、火を止めて休ませる時間をスケジュールに組み込みます。この「休ませ時間」こそが、大量調理の煮物の隠し味です(※段取りは架空の一例です)。
- 早めに炊いて、休ませる……提供時間から逆算して、煮上がりを早めに設定。休ませている間に味が入ります
- 味付けは薄めから……休ませる分も含めて味が進むので、煮ている時点で「ちょうどいい」と感じたら、提供時には濃くなっています。味付けの極意で書いた「薄めから攻める」は煮物でこそ効きます
- 出汁をきちんととる……煮物の土台は出汁です。旨味がしっかりしていれば、塩分控えめでも「味がある」と感じてもらえます
煮崩れを防ぐ4つの工夫
混ぜられないなら、混ぜなくても大丈夫な状態を先に作っておく。それが煮崩れ対策の考え方です。
- 切り方をそろえる……大きさがバラバラだと、小さいものが煮崩れてから大きいものに火が通ります。大量調理ほど「そろえる」が効きます
- 火の通りにくいものから時間差で入れる……大根やにんじんは先、じゃがいもは後。入れる順番が「混ぜずに均一」を作ります
- 沸かしすぎない……グラグラ沸かすと対流で具がぶつかって崩れます。静かにコトコトが基本です
- 最後は余熱にまかせる……9割で火を止めて、あとは釜の余熱と休ませ時間で仕上げる。ここで我慢できるかが分かれ目です
高齢者施設ならではの煮物の工夫
煮物が高齢者施設のエースである理由は、もともとやわらかくて食べやすいからです。それでも、さらにひと工夫します。
- 家庭よりひと段階やわらかく……「箸で切れる」より少し先、「舌でつぶせる」に寄せるイメージで炊きます
- 繊維を断つ切り方……ごぼうやたけのこなど繊維の強い食材は、繊維に直角に切って短くします
- とろみあんで飲み込みを助ける……煮汁にとろみをつけると、パサつきがちなかぼちゃや里いもも飲み込みやすくなります
- きざみ・ペーストへの展開がしやすい……煮物はやわらかいので食事形態の展開が楽です。食事形態の作り分けでも書いたとおり、同じ献立を全員に届けやすい優等生です
定番3品の現場ワンポイント
最後に、給食の定番煮物3品について、現場で意識しているポイントをひとつずつ(※あくまで私のやり方の一例です)。
- 肉じゃが……主役はじゃがいもの煮崩れ対策。メークインなど煮崩れしにくい品種を使い、入れるのは後半に。肉の旨味を出汁に出してから野菜に吸わせる順番で組み立てます
- 筑前煮……具材が多いぶん「切り方をそろえる」と「入れる順番」が一番効く料理です。ごぼう・にんじん・れんこんの根菜は先、里いもは煮崩れやすいので後。彩りの絹さやは最後に加えて色を残します
- かぼちゃの煮物……煮崩れ番付の横綱です。皮を下にして並べたら、もう動かさない。煮汁は少なめにして蒸し煮に近い形にすると、形が残ったままホクホクに仕上がります。パサつきやすいので、提供時は煮汁やあんを必ず添えます
どの品も共通するのは「触らない勇気」です。大量調理の煮物は、手をかけるほど崩れます。仕込みで9割決めて、釜の前では見守るのが仕事です。
煮物の衛生は「温度の谷」に気をつける
ここは真剣な話です。煮物は加熱時に中心温度75℃以上・1分以上を確認するのはもちろんですが、実は危ないのは加熱後です。
「休ませる」工程は、温度がゆっくり下がる時間でもあります。菌が増えやすい温度帯に長くとどめないよう、休ませ方も施設の基準に沿って管理します。前日に大量に炊いて常温で一晩、のような「家庭ではありがち」なことは、給食では絶対にやりません(※管理方法は施設の基準に従います)。
まとめ:煮物は「我慢と逆算」の料理
- 大量の煮物は混ぜられない。切り方・入れる順番・火加減で「混ぜない均一」を作る
- 味は冷めるときにしみる。早めに炊いて休ませる時間を段取りに組み込む
- 味付けは薄めから。出汁の土台があれば減塩でもおいしい
- 高齢者向けは「舌でつぶせる」まで。とろみあんと繊維を断つ切り方で食べやすく
- 加熱後の温度管理まで含めて煮物の仕事
煮物は派手さのないメニューです。でも、きれいに空いたお皿が返ってくる日の静かな手応えは、煮物がいちばんかもしれません。我慢と逆算、それだけで明日の煮物は確実に変わります。
大量調理シリーズは段取りの基本、大量炊飯、たまご料理、揚げ物とそろってきました。減塩の考え方は減塩なのに美味しいコツもあわせてどうぞ。


